
学校で「日本史」を学んできた私たちは、それが当たり前だと思ってきました。でも、ふと考えてみてください。中国人は自国の歴史を「中国史」とは呼びません。フランス人も「フランス史」とは言わない。自分の国の歴史は「国史」と呼ぶのが、世界の常識なのです。
なのになぜ、日本だけが「日本史」という、まるで外から眺めるような名前で自国の歴史を学んでいるのでしょうか。
この小さな違和感の奥に、実は驚くべき構造が隠れています。「国史」は民族が語り継いできた物語であり、国際法上、外部から否定することは許されません。でも、日本人自身が「私たちの歴史はよくわからない」「神話なんて信じられない」と思うようになれば、外から否定する必要はなくなります。
考古学と国史を意図的に混同させ、「科学的に証明できないから無効だ」という錯覚を植え付ける。そして改変できる「日本史」という枠組みの中で、少しずつ歴史を書き換えていく。
2600年以上続いてきた天皇家の歴史、神話から現代へとつながる国の物語、そして日本語が持つ民族の記憶――それらを守ることが、日本人としての軸を守ることに直結しています。
「日本史」と「国史」はまったくの別物でした。その違いを知るだけで、今まで見えていなかったものが、きっと見えてきます。
あなたは「日本史」と「国史」の違いを知っていますか?日本人だけが自分の歴史を疑わされている、その本当の理由。