「台湾で最も尊敬されている日本人は誰か」——この問いに、あなたはすぐ答えられますか?
実は台湾には、毎年4月になると地域の人々が花を手向け、涙を流して感謝する「ある日本人男性」の銅像があります。その名は八田與一(はった よいち)。石川県出身の水利技術者です。
1920年代、台湾南部に広がる嘉南平原は「呪われた土地」と呼ばれていました。雨が降れば洪水、降らなければ干ばつ。塩害が広がり、サトウキビすら満足に育たない不毛の大地——そこに暮らす農民たちの生活は、想像を絶するほど過酷なものでした。
八田はこの現実を目の当たりにして、こう決断します。「中途半端な施設を造っても意味がない。この地域全体を根本から変える」と。
そして10年の歳月と延べ300万人以上の労力をかけて完成したのが、当時「東洋一」と称された烏山頭ダムと、総延長16,000キロを超える巨大な用水路網・嘉南大圳です。かつて農業に使えた土地はわずか1万6,000ヘクタールでしたが、完成後はその10倍近い15万ヘクタールが豊かな農地へと生まれ変わりました。
しかし——台湾の人々が八田を愛し続ける理由は、技術の偉大さだけではありません。
日本人と台湾人を同じ条件・同じ給与で雇用し、労働者の家族のために病院や学校まで整備し、工事で命を落とした134名全員の名を石に刻んで追悼し続けた。その誠実な人間性が、異国の人々の心を深くつかんだのです。
戦後、幾度となく撤去の危機に晒された銅像を、地元の台湾人たちは体を張って守り続けました。頭部が切断された時でさえ、密かに回収・保管し、後に復元したのです。
これほどまでの「感謝」は、いったいどこから生まれたのか。
そして——この話をほとんどの日本人が知らないのは、なぜなのか。
八田與一の生涯は、歴史の話であると同時に、「仕事とは何か」「人間として何を遺すか」という、今を生きる私たち全員への問いかけでもあります。
続きを読めば、きっとあなたの「仕事観」が少し変わるはずです。