「あんたは総師だ。生身の人間だと思っては困る。奢らず、乱れず、天下の武士の鑑であってもらいたい」
これは新選組副長・土方歳三が、局長・近藤勇に向かって放ったとされる言葉です。単なる励ましではありません。限りなく厳しい”忠告”であり”戒め”です。近藤という人間の驕りや慢心の危うさを、誰よりも近くで見ていたからこそ土方は言えたのです。
私たちは武士道と聞くと「主君に絶対服従」というイメージを持ちがちですが、本当の忠義とは真逆です。仕える相手が道を誤りそうになったとき、命懸けでそれを正そうとする姿勢こそが武士道の核心なのです。ただ黙って従うことは忠義ではなく、ただの事なかれ主義に過ぎません。
さて、今の社会を見渡してみてください。会社でも、政治の世界でも、家庭という小さな共同体の中でも構いません。トップが間違った判断を下しそうなとき、自分の立場をリスクにさらしてでも「それは違います」と言える人間が、果たしてどれだけいるでしょうか。
残念ながら、多くの組織はイエスマンばかりで固められ、トップの暴走を誰も止められないまま、緩やかな崩壊への道を突き進んでいます。企業の不祥事も、権力者の暴走も、その根っこは同じところにあるのではないでしょうか。
問題の本質は「気づく人がいない」ことではありません。「気づいた人が声を上げられない構造」にこそあるのです。
今こそ、すべての組織に、そしてあなた自身の中に「土方歳三」が必要なのかもしれません。あなたは今、誰かにとっての土方歳三になれているでしょうか。
続きでは、なぜ人はイエスマンになってしまうのか、その心理的な構造や、トップの側に求められる「言わせる力」についても深掘りしています。ぜひ本編もご覧ください。