不幸ではない。でも、充実もしていない。「死んではいないけど、生きてもいない」。そんな薄い霧のような虚無感を、私たちは知らないうちに”普通”だと思い込んでいないでしょうか。
人類史上もっとも「安全」で「清潔」な社会を手に入れたはずなのに、なぜか心のどこかがずっと渇いている。この違和感の正体を、100年近く前にすでに言い当てていた人物がいます。「狂気の哲学者」と呼ばれたフランスの思想家、ジョルジュ・バタイユです。
彼は、私たちが目を背け続けている「死」こそが、生を輝かせる唯一のスパイスだと説きました。
「未来の安定のため」と、私たちはずっと”今”を差し出し続けてはいないでしょうか。学生時代は受験のために、社会人になれば昇進のために、そして老後のために。気づけば、まだ会ったこともない「未来の自分」に、一生分の”今”を捧げてしまっている——。
そしてバタイユは語ります。エロティシズムの本質とは、性的な興奮ではなく「小さな死」の体験なのだと。平穏が壊れるかもしれないという、あのヒヤリとする瞬間にこそ、人は強烈な「生きている実感」を得るのです。
なぜ人は「禁止」されるほど惹かれてしまうのか。 なぜホラー映画やジェットコースター、ギャンブルに、わざわざお金を払って殺到するのか。 そして、梅毒で失明し、動物のような叫び声をあげる父を、戦火の中で見捨てざるを得なかったバタイユ自身の壮絶な過去とは——。
もちろんこれは「無謀にリスクを取れ」という話ではありません。危険を煽るのではなく、安全に管理されすぎた日常の中に、意識的に小さな揺らぎを取り戻していく。そのための、明日からできる具体的なヒントも本編ではお伝えしています。
「死んでいないだけ」の毎日から抜け出すための、少し過激で、でも確かな救いのある思想。続きは本編で、ぜひ確かめてみてください。