出世のため。お金のため。誰かに認められるため。
私たちは大抵、何かを「得たくて」動いています。それ自体は悪いことではありません。でも、もし目の前に「命もいらない、名誉もいらない、地位もお金もいらない」という人が現れたら、あなたはどう感じるでしょうか。
きっと、少し不気味に思うはずです。何を差し出しても、その人を動かすことができない。こちらの持っているカードが、一枚も通用しないからです。
幕末、まさにそういう人物がいました。山岡鉄舟です。江戸城総攻撃が目前に迫るなか、彼は護衛もろくに連れず、たった一人で敵陣に乗り込み、総大将・西郷隆盛と対峙します。
正気の沙汰ではありません。斬られても文句は言えない状況です。それでも鉄舟は恐れることなく交渉に臨み、この会見が、後の江戸無血開城――百万人ともいわれる江戸の民の命を救う決着――への道を開くことになります。
なぜ、この大役を果たせたのが鉄舟だったのか。
答えは、彼が「失うものに執着していなかった」からだと思います。地位が欲しいわけでも、手柄を立てたいわけでもない。ただ、無用な戦を避けたい、それだけの一心で敵陣に飛び込んでいったのです。
この鉄舟を評して、西郷隆盛はこう言いました。
命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るもの也。 此の始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。
一見、悪口にも読めるこの言葉。しかし読み解いていくと、これが最大級の賛辞であることが分かります。損得で動く人は、褒美や地位で御することができます。でも、何もいらない人には、それが一切通用しない。だからこそ、本当の危機においては、この「損得で動かない人」だけが頼りになるのです。
これは、幕末の一逸話として片付けてしまうには、もったいない話です。
あなたの職場にも、損得抜きで「これが正しいから」と動く人がいないでしょうか。そして、あなた自身は、地位や評価を犠牲にしてでも「正しい」と言えるでしょうか――。
本編では、鉄舟の生き方から見えてくる「執着を手放すこと」の意味、そして西郷隆盛という「見る目」を持った人物との関係性まで、じっくり深掘りしています。読み終える頃には、あなたの「頑張る理由」そのものが、少し揺さぶられているかもしれません。