「神道」という日本人の無意識深く流れる信仰(宗教というよりも)では、とにかく「清浄」であることが尊ばれます。
罪や穢れを祓い、「清浄」であり続け、自然を尊ぶ。
神道では、人はそのままでパーファクト、完璧な存在であるととらえる。
神と人とは双方向で、カミサマに感謝と祝福を捧げることで、人は「ひらめき」や「直感」を受け取る。それに従って行動することで夢や願いが叶う。
これが神道での神と人との関係性。神道での神さまは、やさしい「おじいちゃん、おばあちゃん」のような存在が近い。
神社では、お賽銭という形を通して、エネルギーの交換をしている。お金というエネルギーを公的な目的のために出すことで、「お祓い」の役目を果たす。
伊勢神宮の五十鈴川の流れの中には、「農林水産業」すべての営みがある。
ヒノキなどの樹木を育て、稲作用の田が神宮神田、野菜や果樹が育つ畑が神宮御園、この農作物が神饌(神様の食事)となる。五十鈴川の終着点、伊勢湾の二見浦の海水で塩がつくられる。
神宮では、白酒、黒酒、醴酒(れいしゅ)を醸造し、素焼きの土器(かわらけ)(年間6万個も!)も独自に作る。
自分たちが汗水たらして得たものでなければ、神祭りをしてはいけない、とされる。
なぜなら、農林水産業の技は、神々から授かられたものであり、感謝を込めて神にささげてきたから。
神道での繁栄は、文明の利器や近代的な生活スタイルを上手に取り入れたシンプルで豊かな暮らし。自然や他者と調和した人間らしいゆとりのある暮らし。 暮らしのすべてを自然の力(神)が支えてくれていると考えていた。
日本では、神と人とはいわば強い絆で結ばれた親子のような「保証関係」 西洋では、絶対的な権威を持つ神と人の間で、厳密な「契約関係」が結ばれる。
古来、神は山(天を含む)にいて、季節に応じて里に降りてきて人の営みに力を与えてくれる、という信仰があった。だからこそ、集落に「山宮」と「里宮」があった。
神さまを里に迎える際に行うのが春祭り、祈念祭。
秋が訪れると、神様への感謝の気持ちを込めて秋祭りを行い、収穫を祝う。新嘗祭。
再度神さまをお神輿に載せて山宮へ送り、次の春が来るまで、山で静かに霊力を高めていただく。
八百万の神は調和と秩序のネットワークであり、上限関係ではなく、役割の違い。
だからこそ、善い神さまもいれば、悪い神さまもいる。
イザナギノミコトが水中で罪穢れを禊ぎ祓うと、体から悪神である禍津日神(まがつひのかみ)(八十禍津日神(やそまがつひのかみ)と大禍津日神(おほまがつひのかみ)の二柱)が生まれる。
それと同時に、悪神を正す直毘神(なおびのかみ)が生まれる
神道では、善と悪、二つの対立するもの同士があいまって、絶妙なバランスをとりながら切磋琢磨し世界が発展する。善とはプラスのエネルギーで、悪はマイナスのエネルギー。 (これはまさに、生と死の力で命のエネルギーが生まれていることと同じ)
「罪穢れ」とは、自分が犯した罪や欠陥ではなく、日常で溜まった疲れやネガティブな感情、不要なエネルギーのこと。
「悔い改める」のではなく、「祓い清める」と表現する。
神道とは、自然の働きを司る様々な霊性の存在を知覚し、「神(Kami)」と称して信じ、畏敬や感謝、祝福を捧げ、ひらめきや直感を得てきた信仰、
神道とは日本の神々の存在を知覚することによる感謝と直感の信仰。
なぜ日本の神々が働くかといえば、労働が神様にとっての罰や苦痛ではなく、神聖なもので喜びでもあるから。
働くことを喜びとし、尊いものだと考えた神々の意向とおりに生きていく姿そのもの(「祈る」=「い・宣(の)る」)。
自然と共に農業、漁業、林業を営み姿そのもの。
島国の土壌で与えられた環境を受け入れ、身の丈にあった暮らしをする「足るを知る」国民性が育まれた。
神社は常に村の中心で、共有地としてコミュニティーの要となった。
鎮守の森は守護の象徴で、精神的なよりどころ。
神道には、先に笑って祝うことで望む現実を引き寄せる「予祝(よしゅく)」という考え方がある。
笑顔で喜ぶ行為を先取りする。
過去も未来も「今この瞬間」にすべて畳み込まれている。
未来は確定しておらず、今のあり方でどのようにも変わっていく。
マイナスだと思えることが起きても、それをプラスに転じる何かが「今」という瞬間に含まれていると気づく。
極限状況を切り抜けるためには、すべてを祓って、できる限り「ゼロ」に戻す、と神道では伝える。