「鬼島津」――その名を聞いて、あなたはどんな武将を思い浮かべますか。
わずか300の兵で3000の大軍を打ち破り、敵からは恐れられ、朝鮮の戦場では「鬼石曼子」とまで呼ばれた男。数々の伝説的な戦いを見れば、誰もが冷酷無比な猛将を想像するはずです。
けれど、史料が語る本当の義弘の姿は、まったく違います。
戦場で自分の命を救った一頭の馬に、人間と同じように墓を建てて弔った男。家臣に子どもが生まれれば我がことのように喜び、「子は宝なり」と祝福した男。そして関ヶ原の壮絶な敵中突破では、300人の精鋭のうち実に4分の3もの家臣が、主君を生かすためだけに命を落としました。
なぜ、これほどまでに人は彼のために命を懸けられたのでしょうか。
その答えのヒントは、意外にも「大根」にありました。大根を洗う女性に「その大根をくれ」と声をかけたことがきっかけで妻を娶ったという義弘。戦場からは「今夜もお前の夢を見た」というラブレターまで送っていたというのですから、驚きです。
「鬼」という異名の裏に隠されていたのは、誰よりも深い情熱と、家族への一途な愛情でした。本当の強さとは何なのか。400年前の一人の武将の生き様が、今を生きる私たちに静かに問いかけてきます。
続きでは、木崎原の戦い、関ヶ原の壮絶な撤退劇、そして愛妻への手紙まで、義弘の知られざるエピソードを詳しくひも解いていきます。